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会期終了間際に駆け込んだので、搬出用のコンテナが外に積まれていました。ちょっと目に障ります。。。グッゲンハイム美術館にて。
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グッゲンハイム・ミュージアムは外壁が改装中で、いつもは白い壁がコンクリートむき出しになっていました。
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グッゲンハイム・ミュージアムではデビット・スミスの回顧展。生誕100周年を記念した"A
Centennial"というタイトルのこの展覧会では、グッゲンハイム・ミュージアムの螺旋回廊に生涯の作品が並び、戦争背景なども含めて彼の一生が分かるようになっていました。展示冒頭では"Forging"というタイトルの通り、鉄を実際に叩いて伸ばした長い棒状の鋳造彫刻が何本も並びます。これは1955年頃に彼が制作したもので、その後の彼の彫刻作りの基礎ともいえる技術、行為から生まれた作品です。このシリーズは現在アメリカを中心に各地に点在しており、この展覧会の為に集められたという事で、微妙に違う叩き方や温度、作り手の気分が一斉に会して、感動的な空間を生みだしていました。鉄を叩くという行為から生まれたこの作品に、刀にも通じる美学を感じたせいかもしれません。
そして私が興味深く観たのは、ドローイングの展示でした。
彼は制作の時間を昼間に彫刻、夜はドローイングと決めていたそうで、年に300から400枚のドローイングを残しています。
彼の言葉にこうあります:
"These drawings are studies for sculptures, sometimes what
sculpture is, sometimes what sculpture can never be. (これらドローイングは彫刻のための習作だ。それは時に何が彫刻となり得るか、時に何が彫刻となり得ないかという事をあわらす。)」
画家のドローイングと彫刻家のドローイング、創る作品によってドローイングの意味も変わります。彼にとってのドローイングはまさに、形としていく段階を描いていくのだなと思いながら展示されている数々を観ると、インクや墨のにじみやゆらぎが実際の鋳造の無骨な線となっていました。このように多角度から一人の作家を追う事が出来るのが、こうした大規模な回顧展の良さと言えるでしょう。
http://www.guggenheim.org/smith/
一方、ホイットニー・ミュージアムではホイットニー・バイアニュアル。二年に一度のこの展覧会はその時のNYアートの動向を表すと言われる程の強い話題性のある展覧会。今回は今までとは少し違っています。まずはキューレーターやアーティストにアメリカ人だけでなくヨーロッパ人が含まれていた点、そしてタイトルがあった点。トリフォーの映画からとられたこのタイトル"Day
for Night"は、フィルターを通して昼のシーンを夜のシーンにする撮影法であり、この展覧会では現実と虚構の曖昧さを示唆しています。
美術館の3フロアを全て使い、大学を出たばかりの若手からリチャード・セラまで、多くの作品がひしめいていました。ここでのセラの作品は彫刻でなく、アメリカ人兵士がイラク人捕虜を虐待していた時の画像(黒い頭巾と布をかぶせられた)を木炭で描いたドローイングで、大きく"STOP
BUSH(ブッシュを止めろ)"と書かれています。彼のような大作家がこうした作品を出している事からも分かるように、とにかく政治色の強い作品が大半を占めていました。戦争、人種差別、虐待、911。。。ものすごく強いメッセージ性と共に。
そんな中にも美しさを感じる作品に私は惹かれました。
Troy Brauntuchの絵画は911後、灰を被った衣料品を描いたものですが、コットン地にコンテで擦り込むように描かれた調子が、美しく静かでした。Paul
Chanのインスタレーションでは、非常に政治的な事物が出てくるのですが(911でビルの上から熱さに耐えられず落ちてくる人間など)、床に投影された映像は影絵のような水面のようなゆらぎと光を幻想的に表現していました。
日本でもおなじみのイヤホンガイド、このホイットニー・バイアニュアルでは各作家が自作を説明しているので、気になる作品の本人解説が聞けるので面白い反面、説明なしでは成り立たないこちらのアートを表しているなと思いました。その内容はウェブサイト上でも聴く事が出来ます。
http://www.whitney.org/www/2006biennial/
あまりに多くの展覧会が開催されていて、ついつい今度、、と思っていたら終わってしまっていたり。マメにチェックして追わないといけませんね。
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