女子美術大学同窓会ホームページ
art&commnuication
ライブラリ
エアメール
ニケ・プロジェクト
ヴィーナス達
同窓会の歴史
 
アート・インフォメーション
同窓生の展覧会
同窓生の出版物
同窓生の受賞
同窓生主催のギャラリー
リンク集
WEB同窓会新聞
本部からのお知らせ
支部情報
グループ情報
幹事会からのお知らせ
クラス会のお知らせ
同窓会とは
ビジョンと目的
組織図
業務と主な活動
住所・地図
コンタクト
登録内容変更届
情報提供
ご意見・ご感想
大学からのお知らせ
女子美卒業生サポート
女子美情報
 
TOP

1980-1989
創立80周年を迎え
造形科ディスプレイデザイン教室
造形科ディスプレイデザイン教室
服飾(別科)
服飾(別科)
日本画科
日本画科
日本画科
日本画科
造形学
造形学
一般向け公開講座はじまる(杉並)
一般向け公開講座はじまる(杉並)
岩田売店と、きのえブックス1984年
岩田売店と、きのえブックス1984年
女子美画廊 1981年
女子美画廊 1981年
お金に踊らせれたバブルの時代
うわべは豊かに見えてもなんとなく不安。バブル経済が破綻し、お金に振り回された時代でした。
新たな技術の発達でレーザー・ディスク、ワープロ、ファミコン、ファクシミリ、テレフォン・カードなど多数出現し、なかでもファミコンは子供の遊びを180度変えてしまいました。
1980年代はイギリスの皇太子がダイアナ妃と結婚という話題ではじまり、ベルリンの壁の崩壊など私達に新しい時代の幕開けを感じさせました。
NHK朝の連続テレビ小説「おしん」は放映開始からブームとなり世界各国で放映されました。
NTT株の上場騒ぎ、「ふるさと創生一億円」、五百円硬貨発行、新紙幣の発行など、お金にまつわる出来ごとが数多くありました。また、1989年消費税3%が導入されました。
この時代、ロッキード事件、リクルート事件、グリコ・森永事件、ジョン・レノン射殺、大韓航空機や日航機墜落、チェルノブイリ放射能汚染など暗い事件が起こりました。
天変地異も多く三宅島、伊豆大島、伊東沖と、火山や地震も多発しました。
1989年(昭和64)1月に昭和天皇が崩御されました。



海外で日本美術が注目される
1981年(昭和56)ロンドンで「江戸大美術展」、アムステルダムで「ジャパンデー」(日本のデザインをテーマ)開催。1987年(昭和62年)メトロポリタン美術館に「日本美術ギャラリー」がオープンするなど日本美術が外国で注目を集めました。
1983年「楢山節考」がヴェネチア映画祭でグランプリを受賞しました。建築では安藤忠雄がフランス建築アカデミー金賞に輝きました。東京ドームが完成したのもこの時代です。
バブル期の日本人が有名美術品をオークション等で買いあさり話題になりました。安田火災がゴッホの「ひまわり」を58億円で落札、三越がピカソの「軽業師と若い道化師」を47億円で購入。ロンドンのオークションでピカソ、モネ、ルノアールを日本人が落札したというニュースも話題になりました。



ファッションに多様性が出てきた
この時代を象徴する言葉をあげると当時の様子が浮かびあがります。竹の子族、カラス族、DCブランド、無印良品、ハウスマヌカン、ワンレン、ボディコン、システム手帳、大正ロマン、ニュートラ、サーファー、ローラー・スケート、スケボー、ディスコ、ニュー・ミュージック、CD、ピンクレディなど、特にカタカナ文字が多くなりました。


学性生活に新しい波
女子美生のファッションとしては、紺のブレザーのニュートラ、オーバーオール、エスニックなどをはじめ、さまざまなファッションが見られました。
1980年代前半、造形学のコンピューターの授業では、大型のコンピューター1台を使って作業をしました。絵画科やグラフィックデザイン教室では、アクリル絵の具が一般的に使われ、新しい表現も生まれてきました。
当時、女子美生に人気の食べ物は、付属近くの肉屋のコロッケ。東高円寺近くの珍満のラーメン。イソップのコーヒー。ストロー・ハットのピザ。新中野のコポーのケーキなどがありました。
学生食堂は煙草を吸う人が多く、いつも煙りでいっぱいで、遠くが霞んで見えたほどでした。
杉並校舎の屋上から見る新宿方面の景色がニョキニョキと高層ビルが建ち、日々変化したのもこの頃でした。


相模原新校舎設立へ
1980年10月、創立80周年記念式典。『女子美術大学八十年史』刊行、短大も30周年。
1983年4月、第10代学長に松島道也先生就任。11月、第5代理事長に滝口宏先生就任。12月、相模原校地購入の合意が県と市との間で成立。
1984年、1985年度入試から短期大学に指定校推薦を導入。
1985年、安宅賞の廃止。杉並区と共催し「第1回杉並区内大学公開講座」アートセミナーとして開催(以後毎年開催)。
1987年、第11代学長に柚木沙弥郎先生就任。アメリカ・ロサンゼルス「JAPAN EXPO'87」に刺繍教室が参加。
1988年10月、相模原都市整備公社主催の「女子美術大学・現代女流画家展」が開催。


1980年の物価
 
大卒初任給‥‥‥
ラーメン‥‥‥‥
はがき‥‥‥‥‥
新 聞‥‥‥‥‥
国鉄初乗り‥‥‥
パーマ‥‥‥‥‥
コーヒー‥‥‥‥
映 画‥‥‥‥‥
 
116,127円
330円
40円
2,600円
110円
5,352円
280円
1,400円
同窓会の動き
.
女子美80周年を機に同窓会の活性化を図る。
1980年 80周年記念として校旗寄贈。二号館にて韓国同窓生による作品展。会費10,000円から20,000円に。『女子美術同窓会たより』4号発行。(以降、毎年1回発行)
1981年 名簿刊行。5名に奨学金。
1982年 同窓会たよりが縦書きから横書きに変わるなど情報交換の場となるよう編集を工夫した。奨学金基金として大学へ1,000万円を贈呈。5名に奨学金。
1983年 「病院に絵いっぱい運動」に賛同し、資金集めのため、OG作品のバザーを女子美祭の時に開催。資金調達バザー委員会が発足。新卒業生に同窓会の小冊子を贈る。(以降毎年)。会長 岡田節子。6名に奨学金(1991年まで)。
1984年 同窓会たよりが『TAYORI』に名称変更しタブロイドサイズに変わる。JDA(デザイン専攻・図案科OGの会)発足。「病院に絵いっぱい運動」資金調達バザー開催。
1985年 「病院に絵いっぱい運動」資金調達バザー開催。岩手支部発足。会長 田沢澄江。12月、群馬支部発足。
1986年 「病院に絵いっぱい運動」資金調達バザー開催。
1987年 10月、第1回支部長会議を開催。11月埼玉支部発足。名簿管理のためコンピューター導入。
1988年 「病院に絵いっぱい運動」資金調達バザー開催。会長 長友武子。
1989年 第2回支部長会議を開催。会費が20,000円から30,000円に。「病院に絵いっぱい運動」の資金管理のための鏡和会発足。(1992年まで)
 
credit