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up date 2003.11.04

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ライブラリでは、アートの様々な分野で第一線に立つ、ビッグな女子美の大先輩をご紹介いたします。

ライブラリ第4回
郷倉和子 −前編
郷倉和子 郷倉和子さんは父と同じ日本芸術院会員の日本画家で、幼い頃より日本画に囲まれた環境でした。昨年(平成14年)秋には日本画壇での活躍により文化功労者として顕彰されました。


このたび、郷倉和子さんが女子美術大学名誉博士となられました。10月25日に授与式が行われました。心よりお祝い申し上げます。


年譜はこちらです。
 





プロの絵描きになろうと決意

陽だまり
凍てつくように寒いある日、屋根を背景に梅の木だけに陽の光がさしていた。そのあたりの春の日を表現してみたかった。
「陽だまり」 1990年 紙本着色 4曲半双屏風
表現の試行錯誤を始めた昭和28年(1953)頃、郷倉さんはプロの絵描きになろうと決意します。きっかけは、子供を育てながら作家活動をするためには、精神的、経済的な自立が必要だと考えたからです。また父から「入選ばかり繰り返していてもしかたがない」と言われたことも理由の一つだったそうです。



父との別れ
 
昭和50年(1975)父千靭氏が他界します。千靭氏は郷倉さんの絵の批評を女子美時代から亡くなるまで一度もされませんでした。それがなぜなのか当時はわからなかったそうです。いま考えるその意味とは?「自分から気づかなければ誰が何を言ってもだめだということだと思います。」と郷倉さんはおっしゃられています。



梅花の調べ


寒中紅梅
寒中時のさびしい風景の中に咲く紅梅は美しい。
「寒中紅梅」 1995年 紙本着色 2曲半双屏風 

春輝
「春輝」 2002年 紙本着色 6曲半双屏風
  昭和60年から現在まで、郷倉さんにとって「梅花」は特別な花であり続けています。
ご自宅の庭にあった腐って枯れかかった梅の古木を手入れしたところ、見事に蘇り、若枝が出、花が咲いたのを見た時、生命の尊さ、力強さに感動されました。その頃より梅を主題に描き続け、連作しながら気付いたことは「自然を良く見、写生をよくしなさい」と安田先生に言われた言葉の重さでした。
日本各地の梅を取材して歩き、梅花と同時に日本古来の建物や町並み、山野などの風景の美しさにも惹かれました。松島瑞厳寺、埼玉県吉野梅郷、飛鳥などを何度か訪れて、風景画にも挑戦しています。長い間、花鳥を描かれてきた郷倉さんですが、梅花の背景には日本家屋や山野なども多く描かれるようになり、写生を元にしたその画風はさらに風格と穏やかさを増した、独自の世界を感じさせます。

2003年春、文化功労者として顕彰され、父の郷里である小杉町の名誉町民になったことを記念した展覧会で、郷倉さんは梅花を描くことについて次のように挨拶をされています。
「梅を描き始めて18年になります。
寒中に身を細らせてまで咲く梅花は清楚でとても美しいと思います。四季折々の梅樹と過ごした日々の繰り返しは生命の尊さや生きる力強さをおしえてくれます。
刻々変化しながらも根本は変わらない自然、その大切さを噛みしめながら作家として精進できればと考えています。」

小倉遊亀先生が「一つのものに興味を持つと、絵って色々と発見があるのね。同じテーマでかまわないから材料や条件を変えながら取組んでごらんなさい。もっといろいろな発見があるでしょう。」とおっしゃられたそうです。郷倉さんは、今までの画業を振り返って、「一つのことを続けてきた喜びがある。」と言われました。



ここ近年の活動についてお聞きしました
 
春が来た
「春が来た」 2003年
紙本着色
「今年(第88回院展出品画)は画竜白梅を描きました。老木の梅は人の手によって整えてあるか又老醜したものが多く、野生的でしかも美しく老いた梅はなかなか見つかりません。今回、描いた画竜白梅は素晴らしいものですが、象徴的に描かず自然観に溶け込ませる形で表現したので梅の魅力が十分発揮できなかったように思います。描くものの焦点でなく自然の焦点をどう捕らえるかは作家の永遠の課題だと思います。
年を重ねる度、私は能力のない自分に気づくことしばしばです。だから生きていくためにも「絵を描く力」を神様が下さったと感じています。その割りに不器用な作家であることも事実です。若い頃は1枚でも良い作品を描けぬかと考え続けてきましたが、いまはそんなことは考えていません。与えられた仕事を精一杯やるしかない。そんな素直な気持ちにさせてくれたのが「梅花」を描き始めてからのことです。
「日々新しい」気持ちで過ごすだけで作品は違ってくると思います。私は残された時間を自分のために一生懸命使ってゆきたいと思っています。」とおっしゃられています。

美術を志す若い人たちへ
 
庭先にて
庭先にて
「今は昔と違い男女平等の社会になりました。そして日本にいながら世界中の色々な芸術を見ることが出来ます。そして興味があれば世界中何処にでもいける便利な時代です。
作家を志す人にとっては非常に恵まれた環境が整っていると思います。しかしあまりにも選択肢がありすぎて迷ってしまう傾向が、今の時代の特徴と言えるかもしれません。1つの事を深く探求していると遅れてしまうのではないか。という焦燥感に駆られている人がいるのではないでしょうか。
芸術はその人限りで終わらなければならない運命をした産物だと思います。ここが科学技術と芸術の異る大きな違いだと思います。良い時代環境を上手に使いながら、しかも色々な物や現象に捕らわれることなく、自分の感性を信じて前進してほしいと思います。」というメッセージをいただきました。




【関連ページ】

潺画廊
http://sengarou.co.jp/index.html
昭和17年日本画家がアトリエとして建てた日本家屋をアート・スペースとして改造した画廊です。


【主な収蔵先】


東京都現代美術館
富山県立近代美術館
愛知県美術館
佐久市立近代美術館
世田谷美術館
山種美術館
大本山増上寺会館
宮内庁


【参考文献】

「郷倉和子作品集――梅花の調べ――((株)潺画廊 2000年)
「梅花の調べ―郷倉和子展」
    (文化功労者顕彰記念 梅花の調べ―郷倉和子展富山県水墨美術館・北日本新聞社 2003年) 

 
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