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小学校1年生の頃(右側)、妹の敏子さんと
明治末年
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片岡球子さんは、札幌で醸造業を営む大きな商家の、8人きょうだいの長女としてお生まれになりました。大勢の従業員がいるため、一日に一俵の米を炊くほどの大所帯で、片岡さんのお母様は利き酒や納税申告といった家業と家事の一切を取り仕切るという大変な働き者でした。さらにお母様は子どもたちの教育にも非常に熱心で、文字ひとつとっても教科書と違っていれば書き直しをさせたのだそうです。
「心ここにあらざれば、見れども見えず、聞けども聞こえず。食らえどもその味を知らず」
というのが口癖のお母様はとても折り目正しく、ある日、小学生だった片岡さんが点数の良くない答案を破り、川に捨てたことが知れたときには家を追い出されそうになるほど厳しく叱られたこともあったそうです。
大店のお嬢さんであっても決して甘やかされることなく、長女としての責任感も強く持っていた片岡さんは、兄弟姉妹を何くれとなく守るという芯の強い子ども時代を過ごしました。 |