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「歌舞伎南蛮寺門前所見」1954年
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女子美術大学卒業式
(前列中央は奥村土牛氏、
その右が片岡さん)
昭和32年
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片岡さんが一貫して追及し続けている重要なテーマに「人物」があげられます。
同人推挙から3年ほど後のこと、かねてから歌舞伎に興味を持っていた片岡さんは、次の出品作にはぜひ歌舞伎の舞台を題材とした人物を描きたいと強く思うようになりました。しかし、舞台をスケッチするだけではなく、どうしても楽屋で役者さんの厳密なスケッチをとらなくてはならないと考えて前田青邨先生にお願いにあがったところ、ご夫妻は快諾してくださり、しかも、夫人がわざわざ歌舞伎座へお連れくださることになったうえに、着物まであつらえてくださったそうです。さらに、歌舞伎座ではしかるべき人たちへ引きあわせてくださり、仕事のしやすいよう心配りをしてくださったのでした。
お芝居は木下杢太郎作「南蛮寺門前」で、モデルになってくださる役者さんは尾上梅幸さん、尾上松緑さん、市川海老蔵さんの3人でした。この3人の名優を1人1時間ずつ描いたのですが、中でも、尾上梅幸さんは、「おやじ(六代目菊五郎)は、ふんどし一枚になって、筋肉の動きを示しながら、僕に厳しく踊りを教えたものです。だからあなたも、外に見えたところだけ描いたのじゃだめ。腕なら腕の付け根からさぐって勉強するようなやり方でないと、とてもいい絵は描けない」と言いながら、娘の扮装なのに足をむき出しにして描かせてくれるなど、その気迫には大変強いものがあったそうです。徹底した写実に基づいて、その人物の本質まで鋭く描き出すbそうしてできあがったのが昭和29年に発表された「歌舞伎南蛮寺門前所見」だったのです。片岡さんはその後、舞楽のシリーズも手がけられました。
そして、昭和30年には長く勤められた小学校を退職され、母校である女子美で後進の指導にあたられることになりました。 |