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野口香子さんのパリ通信 Vol.12012.11.05

○ 今回から、第二回(2001年度)パリ賞受賞の野口香子さんに
パリでの暮らしをご紹介していただきます!

女子美のみなさま、こんにちは。美術家の野口香子です。
これから数回、このパリ通信コラムを書かせていただくことになりました。
どうぞよろしくお願いします。
2001年に渡仏してから11年が過ぎ、月日の経つのはやはり早いな、と実感する今日この頃です。フランス人数学者の夫との間に生まれたうちの娘も、フランスの公立小学校に通う小学3年生になりました。この間いろいろと美術以外の知り合い以外にもさまざまな人々と出会いそして会話し、人間的にもいろいろ充電できた感がありました。子供がいるということで、たくさんのフランス人のママ達とも友達になりました。パリのオーケストラで団員として活躍するママ、高等裁判所での弁護士正装とオムツが一緒につっこまれているママバックをそっとバギーに引掛けているママ、コンテンポラリーダンスのキュレーションをするママ、舞台女優のママ、児童心理学の学校医のママ、生物学者のママ、歌手のママ、などなど。みんな子育てと自分の仕事と、それぞれに頑張っています。フランスは働く母親たちに、世界でも屈指の応援がある国だと思いますが、私もこのようなバックアップのある環境がなけば、自分の制作がこうして今まで続けて来れたかどうか分かりません。私は、まったくもってファインアートの人間だったので、子育て中、いろいろな職業のママ達に出会ったことで、かなり人格的に揉まれたように思っています。こうやって揉まれることが、果たしていい事なのか、悪い事なのかは、まだ実践中のなので分かりませんが、人生どんなことも無駄ではないと思っています!そういうわけでいろいろと「よかった事も失敗した事もまあすべてよしとしよう!!」という、皆さん、身に覚えのある方も多いのではないかと思いますが、いわゆるマイペース女子美キャラをひっさげて、懲りずにパリでもアーティスト&ママをやっております。

そしてまた今回女子美同窓会の理事の飯村さんより、パリ通信の原稿依頼をいただきまして、もちろん快くお引き受けてしてしまったのですが、でもよく考えると今年はほとんど日本での発表が中心で、今年すでに4回、パリと日本を往復しており、実際のところ〈パリ通信〉というよりむしろ〈 パリー東京ー岩手ー箱根ー福島 通信〉 になってしまいそうなのですが、テーマは自由という寛大なご提案を頂きましたので、来年3月まで頑張ってみたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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今回まずお話したいと思っているのは、昨年2011年5月から7月にかけてパリで制作した、苺のインスタレーション〈あるひとつの祈り〉についてです。

野口香子〈あるひとつの祈り〉
紙、呼吸 300x300x10cm 2011
Collège des Bernardins(パリ)

この苺のインスタレーション〈あるひとつの祈り〉は、東日本大震災後の2011年5月、イギリスのデザイン事務所から、東日本大震災の被災者のためのオマージュ作品を依頼され制作したものです。苺は漢字で”草冠”に”母”と書きます。紙の苺は、ちょうど私の心臓の大きさにあたり、私にとっては命の象徴でもあります。2011年7月、パリの13世紀の僧院建築Collège des Bernardinsで、このはじめて苺のインスタレーションを行った際、私は明け方からセットアップをしていましたので、13世紀の人も同じように踏みしめたであろうこの僧院の床の上を、同じように裸足で歩きながら設置作業をしていました。作業の途中で、床に寝そべって頬を床につけると、いくつものちいさな貝の化石の跡が古い象牙色の床に窪んで見えました。長い長い時間を経た僧院の床の上に、軽い素材の紙の苺が幾層にも重なっているので、その紙と石との物質感のコントラストと、足の裏のひんやりとした冷たさが体にしみこみ、私自身の命のはかなさが、余計に無常に思い知らされるようでした。でも私はこの紙の苺に、生命の増殖力や、母性の力、再生の力などの思いを込めたいと思っています。私達の生は、この広大な宇宙に比べると、一瞬で駆け抜けていくようなつかの間のものです。でもたとえそのことをいやと言う程知っていたとしても、それぞれの持ち場でこの一瞬一瞬を生きて行かなければならないのですし、それぞれに用意された時間をまっとうしなければならないのだと思っています。
 
これらの紙の苺は、私が10才の頃、重度知的障害のある私の弟が、ある時期入院していた同じ病棟の下半身不随のポリオの少女(当時8才ぐらいだったと思います。)が教えてくれたものです。残念ながら数年後彼女は亡くなりましたが、私にとってこの紙の苺は、なにか命を表徴するものとして混沌としながらも子供心に残っていて、大人になるまでの間、時々思い出しては作っていましたので、いつでも手が覚えていて忘れる事はありませんでした。

このパリの僧院建築では、苺のインスタレーションの後、私は短いスピーチをし、そこに集まってくれた方々と共に黙祷をしました。私自身は、カトリック信者ではないのですが、この時は職業年齢も様々、またそれぞれの方の宗教も、仏教、神道、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教など、様々な宗教の方達がいらしていましたが、皆一緒に苺のインスタレーションを囲んで、東日本大震災で亡くなった方々へ黙祷をしました。その後それらの赤い紙の苺達は、黙祷に参加してくれていた子供たちが、みなで籠を手に大切に運搬用の箱に片付けてくれたのですが、彼ら彼女らのきびきびとした動きと、普段よりも内省的な瞳がとても心に残っています。

野口香子

野口香子〈あるひとつの祈り〉
紙、呼吸 300x300x10cm 2011 部分
Collège des Bernardins(パリ)



 
野口香子(のぐちこうこ 美術家)
女子美付属中学高校を経て、1993年女子美術大学絵画科日本画専攻卒業。
第2回女子美パリ賞、文化庁在外派遣員、ポーラ美術財団在外研修員などを経て、パリ在住11年目。
主な出品展に、「VOCA展2004」(2004年、上野の森美術館)、「第5回アルテラグーナアートアワード」(2011年、アルセナーレ、ヴェネツィア)、「ポーラミュージアムアネックス展2012-華やぐ色彩-」(2012年、ポーラミュージアムアネックス)、「あるひとつの祈り-苺たちと共に-」(2012年、岩手県立美術館)など。主な受賞歴に、第5回アルテラグーナアートアワード特別賞。
 

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