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野口香子さんのパリ通信 Vol.22012.12.10

女子美のみなさま、こんにちは。美術家の野口香子です。
パリはすっかり初冬です。パリ通信の第2回目をお届けいたします。
12月にはいると、パリの街もすっかりクリスマスらしくなります。
私の住んでいるカルチェラタン5区のイリュミネーションは、毎年、薄いブルーのイルミネーションが頭上一杯に、天の川状になってるけっこう渋め路線のものなのですが、電飾過剰ではないところが、それなりに気に入っています。笑。
フランスでは、クリスマスは家族で静かに過ごすのが伝統で、25日の朝など、街は本当に静かです。
毎年、我が家では、まず義母がニースからパリに出てきて、パリ郊外に住んでいる料理好きで元気なひいおばあさんや、時には親戚の子も一緒に、皆で賑やかに集う機会になります。
きっとフランスのクリスマスは、言ってみれば日本のお正月のような感じなのだと思います。

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さて今回は、苺のインスタレーション〈あるひとつの祈り〉を、今年4月に東京で展示した時のことについて等、書いてみたいと思います。
昨年2011年7月に、パリの13世紀の僧院建築であるCollège des Bernardinsの大回廊のヴォールトの下で、このはじめて苺のインスタレーションを行ったあと、この作品の写真を見てくださった美術評論の木島俊介先生の監修で、銀座ポーラミュージアムアネックスでの4人展に、苺のインスタレーション〈あるひとつの祈り〉を展示するという機会をいただきました。この時は、苺の数を、パリでのインスタレーションでの1000個から、4500個に増やし、苺の集積の中に、古い傾いた椅子を入れ込んだ、苺のインスタレーションを展示しました。2009年に新築されたばかりの、銀座の中心地の真新しいポーラビルの中のギャラリーなのですが、コーティングしていない素の木肌を生かした床材が、近代建築と心地よいコントラストの空間でした。この広々とした場所で、作品の強度だけではなく、この作品のメッセージを伝えるためにはどうしたらよいだろうか、と色々と考えましたが、この展覧会の、担当ディレクターの女性の方が、作品設置に関して様々に心を砕いてくださったおかげで、当初自分が考えていたプランよりもずっと充実した展示になり、なんだか自分の中で眠っていたものを、ぐぐぐっと引き出してもらえた感じでした。
この時は、苺のインスタレーションを設置した後方の壁の照明は全部消して、楕円状に配置した赤い苺の集積が、くぼまった奥の壁の闇から外に、押し出されてくるかのように、インスタレーションしました。この作品は自分の中でとても大切なもののひとつになりました。またのちに、思いがけず現在のポーラ美術館の理事長さんが、プライベートコレクションでこの作品を買ってくださることになり、ここ数年まったく作品を売ったことがなかったのですが、やはりこの出来事もとてもうれしかったです。
また、展覧会のはじまる前日に、産経新聞の渋沢和彦さんが会場に来てくださって、大きな作品写真と一緒に、その後記事にしてくださったり、内覧会に見えていらした毎日新聞の網谷さんも丁寧な記事にしてくださったこともうれしかったです。

実はこの展覧会は、2012年3月31日からだったのですが、ちょうどその同じ日に、苺のドローイングブックを発行しました。この苺のドローイングブックは、2001年にテートギャラリーの本屋で見つけた、アンソニー・カロが彼の姪っ子のためにつくったという塗り絵ブックに、ヒントを得ています。この今回のアートブックでは、苺のインスタレーションで使用した紙の苺を、ドローイングし、塗り絵としても使用できるようにしたもので、この本の印刷にあたっては、以前彫刻のモデルをさせていただいた舟越桂さんや、パリの新聞社でお仕事をされている桂さんのお姉さまが、スポンサーとして印刷代をバックアップしてくださったおかげで、フランスの図書として発行や印刷に、こぎ着けることができました。

そしてこれらの苺の塗り絵ブックは、原発事故の影響でホットスポットの点在する福島県伊達市の3つ公立小学校、津波の被害の大きかった宮城県塩竈の公立小学校の6年のみなさん、宮城県気仙沼の小学校の2年生と5年生、牡鹿半島の幼稚園のみなさんなど、それぞれの福島県や宮城県の地元の専門家の方や、民間ボランティアの方、教育委員会の方などを通して、東日本大震災後に心のケアが必要とされる子供たちに届けていただくことになりました。その後、色とりどりに塗られた苺の塗り絵を胸の前にたずさえた子供のみなさんの写真を送ってくださったのですが、子供たちの満面の笑顔のこれらの写真は本当に胸が一杯になってしまうようなものでした。そして、少し心が落ち着いたのは、こんな風に安心して笑顔を見せることのできる、身近な先生や大人たちに寄り添われているのだな、ということを知る事ができたことでもありました。
また先月には、福島の民報社さんが企画してくださって、子供たちによる苺の塗り絵展が、福島駅前のデパートの館内のあちこちを使って行われていました。
2000人の福島の子供たちが参加してくださったそうで、飯館村の幼稚園や、警戒危険区域の大熊町の小学生も参加してくださったそうで、笑顔がいっぱいです、と間に入ってくださった福島の方から連絡をいただきました。まつぼっくり拾いがしたい、とか、外で遊びたい、だとか、小さな子供たちの叫びが、苺のまわりに聞き書きで書かれたものもあり、やはり現在も大変な地域がたくさんあるので、胸が苦しくなる思いがしました。

野口香子〈あるひとつの祈り〉
紙、呼吸、椅子 600x260x97cm 2012
POLA MUSEUM ANNEX/銀座

野口香子〈あるひとつの祈り〉
紙、呼吸、椅子 600x260x97cm 2012
POLA MUSEUM ANNEX/銀座

野口香子
ドローイングブック<Coloriage>より
ダーマトグラフ、紙 30X38、5cm 2011

気仙沼市内の小学校の5年生のみなさんより。カラフルに塗られた苺たちとみんなの笑顔に感激しました。2年生のみなさんも、苺の塗り絵に挑戦してくれました。ありがとう!

牡鹿半島の幼稚園のみなさんより。みんな本当に可愛くて、なんだか心がぽかぽかしますね。でもこんなに小さいのに、どんなにこわい目にあったのかと思うと、胸が苦しくなりますね。

野口香子(のぐちこうこ 美術家)
女子美付属中学高校を経て、1993年女子美術大学絵画科日本画専攻卒業。
第2回女子美パリ賞、文化庁在外派遣員、ポーラ美術財団在外研修員などを経て、パリ在住11年目。
主な出品展に、「VOCA展2004」(2004年、上野の森美術館)、「第5回アルテラグーナアートアワード」(2011年、アルセナーレ、ヴェネツィア)、「ポーラミュージアムアネックス展2012-華やぐ色彩-」(2012年、ポーラミュージアムアネックス)、「あるひとつの祈り-苺たちと共に-」(2012年、岩手県立美術館)など。主な受賞歴に、第5回アルテラグーナアートアワード特別賞。

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