○ 今回から平成29年度第18回女子美パリ賞を受賞された、中村菜都子さんにパリでの暮らしをご紹介していただきます。どうぞお楽しみください!!
|
アトリエの壁を這う蔦の葉が、緑から赤に染まり、日の光は寒くなる気温に反して暖かな橙に変ろうとしている。パリで生活を始めてから半年が過ぎた。この滞在記を書くにあたり、これまで書き連ねてきた日記のようなものを見返し、自分に問いかけてみた。「この半年間、私は自分の思い描く生活ができているのだろうか?」と。小さな声で、けれどもはっきりと「はい」。メモの中には、<観想的な生活>という言葉が記されている。このような言葉を残しておきながら、渡仏当初はこれまで通り、外に向かい、能動的に、生産的に、活動を始めようとしていた。20代後半から6年間を、イギリスで生活していた頃と、40代で送る2度目のヨーロッパ生活とでは、欲するものに自然と変化が現れるのは当然のことだ。今の私には観想的かつ自由で主体的な時間の過ごし方が必要だと感じている。
イスラエルのユダヤ人アーティストもスコレーやテオリアの大切さを私に気づかせてくれた友人の1人だ。「毎日のように、爆撃音に怯えながら暮らしていたイスラエルの生活に比べ、パリでの生活は夢のようだ。僕の夢は叶ったのかな?それともまだ僕は夢の中にいるのか?」と、よく話していた。日々の生活の中で、彼は瞑想することを日課にしていた。1日の中で数時間、横に長い部屋の長辺と短辺の2面にある、大きな窓に備え付けられたカーテンを開け、一望する景色を眺めながらゆったりと時間を過ごす。瞑想中にふと、マレ地区を象徴するサン・ポール=サン・ルイ教会からセーヌ川を渡りサン・ルイ島まで架かる大きな虹をみつけた時は、メールでその写真を送ってくれたりもした。何も考えないでいることもあれば、アイデアの構想を練ることもあり、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教などの異なる宗教について考えることもあったようだ。半年間の滞在制作の中で彼の作品は、全ての大陸や国々で暮らす、異なる宗教や信念をもつ人々を繋ぐということに辿り着いた。弱視の彼の持つ<第三の目>で集められた、不要となった日用品が、世界の人々を繋ぐスピリチュアルで朽ちた美しさをもつオブジェへと変化していった。
これまでの私は、観想よりも実践や制作に大半の時間を費やし、外に向かい、活動的で生産的な生活を送ることで自分を慰めてしまいがちだった。だからこそ、この与えられた貴重な1年を、特定の対象に向けて、心を集中する時間にできたらと思う。多くのことよりも、心から大切と思うことを、同じ本を何度も読み返すように、自分の足で歩いて行ける範囲を繰り返し散策するように。そのように残り半年のパリを過ごすことができたら、何かが少しだけ変るのではないかと思う。
|
アトリエの壁を這う蔦の葉
|
若き青年のスケッチブック
|
マレ地区に架かる大きな虹
|
|
中村菜都子 1974年生まれ 1995年女子美術短期大学造形科生活デザイン専攻 卒業 2005年ロンドン芸術大学ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション 卒業 100周年記念大村文子基金 平成29年度 第18回「女子美パリ賞」受賞 祖母の故郷、長崎を訪れたことをきっかけに、長崎の潜伏クリスチャンの文化に興味を持つようになる。彼らの数奇な運命を辿りながら、自分自身のルーツを探る旅をしている。 作家、辻仁成氏が編集長を務める「人生をデザインする」webマガジンdesign storiesにも寄稿させて頂いています。
|