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中村菜都子さんのパリ通信 vol.1 – 内に向かう時間2017.11.06

 

○ 今回から平成29年度第18回女子美パリ賞を受賞された、中村菜都子さんにパリでの暮らしをご紹介していただきます。どうぞお楽しみください!!

 


 

 アトリエの壁を這う蔦の葉が、緑から赤に染まり、日の光は寒くなる気温に反して暖かな橙に変ろうとしている。パリで生活を始めてから半年が過ぎた。この滞在記を書くにあたり、これまで書き連ねてきた日記のようなものを見返し、自分に問いかけてみた。「この半年間、私は自分の思い描く生活ができているのだろうか?」と。小さな声で、けれどもはっきりと「はい」。メモの中には、<観想的な生活>という言葉が記されている。このような言葉を残しておきながら、渡仏当初はこれまで通り、外に向かい、能動的に、生産的に、活動を始めようとしていた。20代後半から6年間を、イギリスで生活していた頃と、40代で送る2度目のヨーロッパ生活とでは、欲するものに自然と変化が現れるのは当然のことだ。今の私には観想的かつ自由で主体的な時間の過ごし方が必要だと感じている。


 私の暮らすパリ国際芸術都市(通称シテ・デ・ザール)に滞在するドイツ人画家の歳の離れた10代の弟と会う機会があった。天使のような美しいブロンドの巻き毛を揺らし、若き青年に達したばかりといった風采の彼は、昨年高校を卒業し、現在は自由な時間を過ごしている。春にアルバイトをして貯めた幾許かのお金をも持ち、予定を立てず、着の身着のまま、夏の3ヶ月半を友人と中国・日本へと旅をした。歩くことが好きな彼は、スケッチブックを片手に、どこまでも自分の歩みでゆっくりと、それぞれの国を見て廻った。神戸では六甲山を、四国では四国八十八箇所の一部を歩き、長崎、京都、東京などを訪れた。毎日のように、その時々の状況を、写真と長い手紙のようなメールを家族に送っては、彼の視点でみた中国と日本を彼の言葉で綴っていた。家族みんながこの弟をそっと見守り、彼の旅を共に楽しんでいる様子が、私にも伝わってきた。彼の兄のドイツ人画家は言う。「高校を卒業して直ぐに大学に行くのは早すぎる。僕が21歳で大学に入学した時には、クラスで一番若い学生だった。」と。在籍年数も3年〜5年と個人の必要に応じて異なるのだそうだ。彼らと会話をしていると、スクールの語源となったギリシャ語のスコレー(自己充実に当てはまることのできる積極的な意味をもつ時間、個人が自由で主体的に使うことを許された時間)、またスコレーありきのテオリア(観想、特定の対象に向けて、心を集中しその姿や性質を観察すること)がヨーロッパ社会と、彼らの体内に自然と存在しているのを感じる。このような個々の静観する時間の集まりが、西洋の文化や歴史を築いてきたのではないかと思う。

 

 イスラエルのユダヤ人アーティストもスコレーやテオリアの大切さを私に気づかせてくれた友人の1人だ。「毎日のように、爆撃音に怯えながら暮らしていたイスラエルの生活に比べ、パリでの生活は夢のようだ。僕の夢は叶ったのかな?それともまだ僕は夢の中にいるのか?」と、よく話していた。日々の生活の中で、彼は瞑想することを日課にしていた。1日の中で数時間、横に長い部屋の長辺と短辺の2面にある、大きな窓に備え付けられたカーテンを開け、一望する景色を眺めながらゆったりと時間を過ごす。瞑想中にふと、マレ地区を象徴するサン・ポール=サン・ルイ教会からセーヌ川を渡りサン・ルイ島まで架かる大きな虹をみつけた時は、メールでその写真を送ってくれたりもした。何も考えないでいることもあれば、アイデアの構想を練ることもあり、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、仏教などの異なる宗教について考えることもあったようだ。半年間の滞在制作の中で彼の作品は、全ての大陸や国々で暮らす、異なる宗教や信念をもつ人々を繋ぐということに辿り着いた。弱視の彼の持つ<第三の目>で集められた、不要となった日用品が、世界の人々を繋ぐスピリチュアルで朽ちた美しさをもつオブジェへと変化していった。

 

 これまでの私は、観想よりも実践や制作に大半の時間を費やし、外に向かい、活動的で生産的な生活を送ることで自分を慰めてしまいがちだった。だからこそ、この与えられた貴重な1年を、特定の対象に向けて、心を集中する時間にできたらと思う。多くのことよりも、心から大切と思うことを、同じ本を何度も読み返すように、自分の足で歩いて行ける範囲を繰り返し散策するように。そのように残り半年のパリを過ごすことができたら、何かが少しだけ変るのではないかと思う。

 

アトリエの壁を這う蔦の葉

 

若き青年のスケッチブック

 

マレ地区に架かる大きな虹

 

< 中村菜都子さんのパリ通信 vol.2 – 私の教会

 

 

 

 

中村菜都子

1974年生まれ

1995年女子美術短期大学造形科生活デザイン専攻 卒業

2005年ロンドン芸術大学ロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーション 卒業

100周年記念大村文子基金 平成29年度 第18回「女子美パリ賞」受賞

祖母の故郷、長崎を訪れたことをきっかけに、長崎の潜伏クリスチャンの文化に興味を持つようになる。彼らの数奇な運命を辿りながら、自分自身のルーツを探る旅をしている。

作家、辻仁成氏が編集長を務める「人生をデザインする」webマガジンdesign storiesにも寄稿させて頂いています。


Official website https://www.natsukonakamura.com/

 

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