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革命祭明けの路上で
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通り雨が多いパリ
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Russuleというきのこ、
これは食べれない、残念。
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適度な湿度と日差しが心地よい森の中
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これがCepeというきのこ、美味
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パリ滞在6ヶ月目を迎え、制作活動、日々の暮らしの営みもだいぶ落ち着きを払ってきた今日この頃。とはいえ、新しく出会う人や場所、季節の変化からはいつも驚きや刺激をもらい、新しさを失わない日々に喜びを感じているのは言うまでもない。
パリという街については様々な角度から街や人、文化などについて語られ、魅力あふれる一大都市として広く知られているだろうが、私が大いに驚いたことはこの大都市から30分程度で広大な森にアクセスできるということである。
その名はフォンテーヌブローという森で、友人に連れられ6月に散策に出かけた日から、この森の愉しみを知って以来のめり込むばかりである。とりわけ8月終盤からは、通称セップと呼ばれるきのこが群生しており、最近はほぼきのこの収穫を目的に、頻繁に森へ足を運んでいる。森でみられるきのこの種類は豊富な上、死に至る危険のあるものも簡単にあるので、毎度フランス人の生き字引と伴って行く。この森の魅力は広く美しいだけでなく、断崖や荒野等様々に異なる風景を楽しめ、また木々や植物も、そしてまたきのこもそれぞれの場所で違いをみせるので、千変万化の景色を味わいながら、散策をすることができる。時に迷うこともまた、愉しみのうちにいれておこう。パリに来て、まさか森にきのこをとりに行くとは思っても見なかった偶然である。
こういった大自然とのかなりの密度をもつ大都市パリに、女子美がアトリエを構えるCite des Artsというレジデンスがある。前代のパリ賞受賞者の方たちの執筆で書かれている通り、ここは美術、音楽、演劇、映画等々全てのアーティストと呼べる人たちのためのレジデンスであり、世界各国からやってくるアーティストたちが居を構えている。同じレジデンスの中で暮らしている、あるいは同じアーティストであるという安心感をお互いにもつゆえ、エレベーターが一緒だったりゴミ捨て場で会っただけで、易々とコミュニケーションを始められるのは、ここならではの魅力である。
日常か非日常なのかを問うてみれば、今の生活がどちらに値するのか実感を込めて返答することは未だ迷うところだが、異国の地にて生活を営むという体験は実に奇妙なものである。他者とのつながりを持ち、異なる文化のルールに従いながら暮らしてみたところで、世界と自身とのはざまにある埋まらない穴を感じるばかりであり、自然と生まれ育った土壌へと意識が向けられるようだ。
馴染まない世界で暮らすというのは、私にとっては大変居心地が悪いものでもあるが、同時にその居心地の悪さというのがこの異国での生活の大いなる愉しみともいえる。目にするもの全てが新しく思え、異質なものに感化されるといった愉しみは、旅を欲することの根源ともいえるだろう。この異質な状況ゆえ考えるところは、自分自身と他者が何を共有し、繋がることができるのかといったことである。それは言葉や意識の問題に迫ることであると同時に、表現活動の目的を探る行為でもあるだろう。絵画という媒体を使い表現をしてきたが、現在はカンバスという二次元媒体が、私たちの暮らす三次元空間のなかでどのような作用を及ぼすのかということをテーマに制作を進めているところだ。
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